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夫はごく普通のサラリーマンで私はごく普通のサラリーマンの妻であり私たちは神戸でごく普通の人生を送るはずで、他の生活分野についてはまったく何も知識がありませんでした。しかも特に「これがしたい」というものもなく、もちろん「北海道大好き」というわけでもありません。だから、「北海道に行きたい」というと「何をするのか」となり、 「うーん、北海道でお勤めはもったいない(?なんで?) なあ。北海道に似合うのは〜」→「牧場」→「酪農」→「酪農」はとてもしんどいとか「牛が好き」ではなく(好きではないが)「酪農が好き」でないとできないとかが、当時の「開拓使の会」の本には書いてありました。では「農」やね、となぜか決め、「農業」というと「範囲が大きすぎる(工業をするというのと同じ)」と当時の「開拓使の会」の人に言われました。
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ツアーのあとで…
なぜ北海道なんだろう、に対するそのひとつの答えが明確な形となってきました。「北海道は日本でもっとも洋風ないなか」(と思った)という点。その良さを満喫するには「お勤め」ではつまらない、やはり「農業」でなければ! (なんと大きな勘違いをしたのだろうか) 当時私たちは、「カントリーライフ」と「農業」を同じものと思うという誤った認識をしており、しかも農業とはなにかよくわかりませんでした。雰囲気で考えていたんですね。 とにかく特に印象の強かった大滝村のYさんにコンタクトを繰り返し、何も知らない私たちに大変親切なアドバイスをたくさんいただき、一度、「いなか生活体験」をすればどうかというお勧めで、5月にもう一度北海道へと出かけることになったのでした。 |
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ついにストーブをつけました。
きのうは朝だけ、 今日から1日中です。 でも今までかなりがまんしたよ〜 |
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初積雪です。
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ついに平野部に雪が降りました。
今日、札幌市北区あいの里に行くのに、心配で4駆のラルゴで行きました。美原大橋が気になって。 するとあいの里のお友達は、まだタイヤを換えていない人もいましたね…… でも北区は日本海側だから今頃は大雪かも。 長沼に帰ってきたら、うっすら雪が積もっていました。 気になるのは明日です。 朝、娘を小学校へ送れるだろうか? 道路が凍っていそう。 |
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マイナス5℃以下の朝でした。
でも新しい家はあたたかで、まだ暖房をつけていません。 朝じっとしてると寒いけれど、関西の冬の寒さに慣れた私たちには平気です。 「ゆたんぽ」活用しています。 座っている足元に置くなど。 昨夜、初めて古い方の家や外の「水落とし」をしました。 新しい家は不要です。 |
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うちの外に下げた温度計は、朝起きてみたら、マイナスになってます。
まあふきっさらしですから。 と思ってたら、外に出しっぱなしの靴が固まっていて(凍っていて?)はけない。 外に置いていた、はくさいもキャベツもぱりっと凍っていて、いい感じです♪ 固まったくつで農園を歩いたら雑草の上で滑ったわ^^; と思ったら、今日は札幌のあちこちの凍結路面でまだ夏タイヤの車がスリップした事故が起こったそうです。 私は去年の、当別江別線(?)でのスリップが思い出されて、、、 今年はうんと早めにタイヤを換えています。 でもガソリンも高いし、あまり遠出をしたくないものです。 昇ったところの朝日に照らされる、雑草の中の、縛りずみブルーベリー。 ![]() |
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冬を体験、テレビが取材放映
「移住体験ツアー」は「北海道開拓使の会」の第1回の企画でした。 値段は確か15万円くらい!! 旅行会社のツアーではなく1回きりのオーダー旅行のようなものだからお高いのね、と思ったものの…… 2月、北海道のことをまったく知らない私たちを、いきなり真冬体験させようという狙い? のもの。我が家は3歳の息子を連れて3人で参加。そのときの私のファッションはモコモコのおしりまで隠れる分厚いセーターにスキー用のロングジャンパー、バスの中で配られた滑り止めつき長靴。息子はスキーウェア。 しかし、北海道の女性はモコモコなど全然着ず、長靴どころかハイヒールを履くということを後で知りました。 このツアーには観光バス1台分くらいの人が参加していましたが、子供連れだったのはうちだけ。そしてテレビ局2局の取材が入ってきたのには驚きました。ツアーの行程を全部同行し、しかもうちが重点的に取材され、それは後日全国放送されたのでした。 新千歳空港に到着すると、すぐに千歳のニュータウンへ連れて行かれ、北海道の住居というものについて説明を聞きます。「北海道のマンション」も見せてもらいました。気密性の高さや外廊下にも壁と窓があるといった特徴が目新しかったです。また北海道では暖房をがんがんかけて部屋中をあたため、ホテルやデパートやお店などはいずれも暑いほどだということを知りました。宿泊はホテルでした。きれいで暑かった印象があります。 次に大滝村を経由し、洞爺湖の近くのとある会社の施設での宿泊。ここで大滝村に移住してハーブを作っているご家族、洞爺湖畔に移住して農業法人?で農作業に従事しているご家族……いずれも「本」に載っていた人たちから、かなり具体的なお話を聞きました。大滝村の詳細な紹介もあり。 そして札幌の市電を借り切って! カニを食べるという豪華な夕食がありました。マンションやスーパーの広告も見せてもらいました。一緒にツアーに参加した人たちは、北海道への情熱! とか「北の国から」大好き! という人が多かったのですが、私は「北の国から」って何? という状態でした。 |
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あまり移住とは関係がありませんが、初めての「移住体験ツアー」の前に、阪神大震災がありましたのでこれについて。
阪神大震災後にツアー参加 前回書いたように94年〜95年私たちは千葉県の社宅に住んでいました。95年1月、お正月に宝塚市の実家に帰り、その続きで15日に信州方面へスキーに行き、たっぷり遊んで千葉の家に帰った次の朝、テレビで燃える神戸を見て衝撃を受けました。 当時神戸市には、私たちの家(マンション)と夫の家があり(どちらも無人)、宝塚市には私の実家があり、阪神間にはたくさん親戚の家や友達の家があり…… 実家に何度電話をしてもつながらず、親戚にも友達にもつながりません。ただテレビに取り付いて凄い映像を見てパニックになりました。当時母はひとりで住んでいたのですが、夕方ごろ母から公衆電話で無事を知らせる電話がありました。あのときほどほっとしたことはありません。家はあまり壊れなかったけれどライフラインがすべて切断されたとのこと。 そこで夫はリュックにおにぎりやら食料を詰め込んで現地へ向かったのでした。阪急電車がとまっていたので、途中から歩いたそうです。 結局すべてが無事で良かったのです。私たちの親や親戚や友達、家はみんな大丈夫(大体)でした。 私は実際に震災を体験していないから、体験した人の気持ちにはとてもなれないけれど、けれども、あの「電話が通じない」という恐ろしさは言葉では表現できないほどのものでした。 そして写真やテレビで、いつも見慣れた風景や駅や建物が崩壊しているのをたくさん見てとてもショックを受けました。 「移住体験ツアー」はその1ヶ月後に迫っていました。 |
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おめでとう\(^o^)/
たいへんな勢いでした。 落合監督がいいわ。 ロッテにいたころの活躍、好きでしたね。(昔見ていた人がみんな監督になっている) 完全試合になるかと。 ダルビッシュはすごくよかったのに、残念でした。ファイターズ。 来年、阪神と共にがんばりましょう! 今日は昔々、阪神が優勝した日(*^^)v |
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11月になって、いろいろなものが値上げ!
ガソリンがすごくあがるというので、31日の夕方に入れに行きました。 すると行列していた! いなかのスタンドなのに。 灯油も値上げしたからできるだけストーブはつけないでおきます。 |
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