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昨日まで内職で大忙しで(:_;)
頭痛と肩こりと風邪気味もひどいのですが、 30日、イオンデー5%割引、最後の買い物に行きました。 今年はコープの配達でおせちも鏡餅もしめかざりも入手済み、とっても楽〜 ジャスコはすごい人ごみで早々に帰ってきました。 毎年困る「お屠蘇探し」 西友新札幌店にたくさんあるのを発見!! 来年からはここにこよう。 今日は少しだけ、形だけお掃除をします〜 大荒れの天気といううわさでしたが、最近の雨(-_-;)で雪はがりがりしているものの、 風もなく雪もなくおだやかな?大晦日です。 引越し、息子の卒業と入学、娘の転校、始めての雇用、スーパーへの出荷、ジュースの販売開始、などなかなか変化に富んだ1年でした。 今年は、たいへんお世話になりました。 ブルーベリーを買いに来てくださった皆様、本州からもご注文くださった皆様、ホームページやブログを見てくださった皆様、お世話になった皆様、 本当にありがとうございました。 来年もがんばりますので、よろしくお願いします。 |
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「そして北海道へ」
1995年7月。私たちは北海道夕張郡長沼町民になりました。 住居 家は、当初町役場から町営住宅を薦められました。 町営住宅とは町の中心部にある平屋4戸続きくらいのアパートのようなもの。狭いけれども家賃は安いし便利だしそこが無難な選択なのだろうが、それは私たちが北海道に対して持っているイメージとはかけ離れたものでした。 北海道に来たからには広い風景の中の一軒家に住まなくては! と大胆なことを言い、研修先のNさんが知り合いの家を紹介してくれました。 それはもとは普通の農家だったのを農業法人が買い取ったもので、10町(10ヘクタール)ほどの農地の中の大きな一軒家。法人はその家の一部屋を事務所として使っているもののあとは空いているので住んで良いと快諾をいただきました。しかも格安の賃料で。 このように突然関西からやってきた見ず知らずの家族に、Nさんや法人のかたは大変親身になってくださいました。 その家は町の中心から離れた山手。起伏のある農地で大きな木がたくさん生えており小川も流れていました。 土地の高いところからは、町から札幌のほうへと広がる平野が見えるすばらしく素敵な場所でした。さっそくあたりを散歩してこの風景を見たとき「本当に来れたんだ」としみじみと実感したものでした。 家はとてもとても古く、青いトタン屋根、モルタルの壁、黒っぽい木の板の壁、木枠のガラス窓、ステンレスの浴槽。古いというよりは・・・・・・ でもどこかに「トトロの家」のような雰囲気がありました。 違いはそこに10トントラック2台がやってきて引越し荷物を降ろしていったこと。うちはたいして高級な家具を持っていたわけではないのですが、物は多いしバブル最盛期に買ったベッドやテーブルやソファはとにかく大きくなんだかあまり似合いませんでした。 |
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ブルーベリーを作ろうと思いついたのは私で、5月はじめに北海道下見へ向かうフェリーの中ででした。
以前からお菓子作りが好きだった私、加藤千恵さんの本「ティータイムケーキ」を見ていて、ブルーベリーやベリーがたくさんのったケーキ、ベリーの森、木漏れ日のティールームといった風景がビジュアルに頭に入っていました。そうだ、ブルーベリーを作ろう! とあっさりと決めました。 そうなると、掴み所のなかった移住問題も形が見えてきました。(ような気がした。) ブルーベリーを作るにはブルーベリー園を見に行き、話を聞くことです。 まず果樹の町、仁木町へ行け、というアドバイスを受け、仁木町役場に電話をしてとある農家さんを紹介してもらいました。そこで初めてブルーベリーというものを見るました。 いろいろお話を聞いてここで研修させてもらえるといいなと思いつつ、さらに長沼町でも栽培している農家があると聞いて、さっそく訪問。その果樹農家Nさんはかなり有名なかたであり人格者であると聞きながら訪れると、まずその果樹園の美しさに心も目も奪われてしまいました。これまでにも研修生を受け入れたことがあるというNさんのお話を伺ううちに、その場で「ここで研修させてください」とお願いしてしまいました。 このようにして比較的あっさりと、北海道へのとりあえずの移住の道筋ができました。 長沼町に決めた理由はほかにもあり、それは、大滝村や仁木町に比べ札幌に近いということでした。やはりすぐ行けるところに都会がないと不安でした。 |
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